2012年05月12日

BS NHK音楽祭2011より

SeesaaとTwitterの連携ができるというので試験的にブログ投稿。

rikka9 / rikka
録画クラシック。NHK音楽祭2011、パッパーノ/聖チェチーリア&ベレゾフスキー。ヴェルディとチャイコ混ざった明るい響き、歌、刻み。アンコールまで大サービス、こってこてで楽しかった。リストのピアコン1番もピアノと伴奏の呼吸が合ってて飽きない。 at 03/12 15:35


補足。

アイーダ・シンフォニア…当然だけど、とってもヴェルディ。
ユニゾンよく音合ってるし、強奏どっか〜んと鳴るし。
テンポ中庸〜速めで聞きやすい。確か対向配置だったような気がする。

リストのピアコン1番…ベレゾフスキーもオケも手慣れたもの。2楽章はアリアとイタオペ伴奏。
4楽章のダイナミクス、刻みやフレーズの途中からの入りなど、ツボを押さえた演奏。
パッパーノはきちんと起伏を作れるから聞き通せる。

ベレゾフスキーのアンコールは2曲。
ゴドフスキー/サン=サーンス「白鳥」のトランスクリプションと、チャイコ「四季」より「秋の歌」。
白鳥はかわいらしいアルペジオ、秋の歌は軽やか。
この人、こういう曲弾いてても場末のピアニストにならないからいいよな。

チャイコフスキー:交響曲第6番…伝統に倣ったというか、
イタリアの指揮者がロシアもの振った時の明るい響きのイタリアンチャイコ。
深刻過ぎず、刻みは軽快、フレージングは美しく、ダイナミクスは爆発。
短調になるとちょっとニーノ・ロータ。
最後まで分厚く鳴っていてバランスが取れている。
金管のコラールなんかもきれいだし、対旋律の存在感もある。
指揮者はもぐもぐ熱血。引き込まれた。

アンコールはマノン・レスコーの間奏曲と時の踊り。こてこてなところもう一品追加、B.Claさん響く。
サービス満点、めちゃくちゃ盛り上がっていた。

・・・・・・・・・

ローマ聖チェチーリア国立アカデミー管弦楽団

【指 揮】アントニオ・パッパーノ
【ピアノ】ボリス・ベレゾフスキー
【曲 目】ヴェルディ/歌劇「アイーダ」 シンフォニア
     リスト/ピアノ協奏曲 第1番 変ホ長調
     チャイコフスキー/交響曲 第6番 ロ短調 作品74「悲愴」

2011年10月3日 NHKホール


・・・・・・・・
posted by 立花 at 20:36| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月19日

P.サマーズ/MET ドニゼッティ:ランメルモールのルチア

録画オペラ。METライブビューイングより。

・・・・・

Metropolitan Opera House
March 19, 2011 Matinee,

HD Transmission/Simulcast

LUCIA DI LAMMERMOOR
Gaetano Donizetti-Salvadore Cammarano

Lucia...................Natalie Dessay
Edgardo.................Joseph Calleja
Enrico..................Ludovic Tézier
Raimondo................Kwangchul Youn
Normanno................Philip Webb
Alisa...................Theodora Hanslowe
Arturo..................Matthew Plenk

Flute Solo: Denis Bourikov
Harp Solo: Deborah Hoffman

Conductor...............Patrick Summers

Production..............Mary Zimmerman
Set designer............Daniel Ostling
Costume designer........Mara Blumenfeld
Lighting designer.......T. J. Gerckens
Choreography............Daniel Pelzig
TV Director.............Barbara Willis Sweete


・・・・・・・

3幕慣例カットなし版。各アリアのコーダの反復などは場合に応じて省略している感じ。

残念ながら主役のデセイが不調、
本人も「声が乾いてしまって…」と言いながらだったが、仕事に対するプロ姿勢は立派。

エドガルドのカレーヤは声だけの二流で主役張れる程のテクはなし、
脇役もアリサ以外は雑魚、合唱含むアンサンブルは軽すぎて最後まで心を動かされず。
指揮者のサマーズはいなくても問題なし、全く記憶に残らない場当たり指揮という、
音楽面ではテジエとK.ユンくらいしか聞きどころのない演奏。

よって幕間の舞台裏中継の方が面白い。

まずは動物インタビューね。アイリッシュ・ウルフハウンドのマーフィーとエイデン。
マーフィーがフレミングにすりすりしてる姿がとてもかわいい。

次にセット。24時間稼働する世界一忙しい歌劇場、
平日はリハと夜の公演別々のセッティング×5、
土曜は昼夜2公演で3時間半で転換をスタッフがシフト組んで行う。
頭下がる。チケット多少高くても、宣伝を忘れないのも一応納得。

デセイのインタビュー。興味深かったのは、
「実は喜劇の方が好き」「でも動きは計算されている、リズムが肝心で合わせないとダメ」
「悲劇はもう少し自由、人々の情に訴えるから」
狂乱の場について、「今日が最後と思って歌う」、
約15分の集中を保つには「計画した通りの劇的な展開を進める」など。

今回の狂乱の場ではヴェロフォンが用意できなかったとのこと、
二重唱的絡みの部分は彼女一人のアドリブで回していた。

演出は再演でオーソドックス。
幕間の演出のジマーマンへのインタビューによれば、
時代設定を作曲された1835年くらいに近づけているとのこと。
全体的に陰鬱な色調。雰囲気は合っていると思う。
原作に従ったという、時折登場する幽霊が印象的。3幕はジゼルのよう。
他のアクセントとしては、結婚式の時のルチアの赤いドレスや写真機、狂乱の場の月くらいか。

大したことではないが疑問がひとつ。2幕、ライモンドに説得される場面で、
ルチアがエンリーコの机からペーパーナイフを取って隠すのだけれど、
アルトゥーロ殺害には彼の短剣を奪って使った模様。
じゃあペーパーナイフは単なる示唆?

ともかく、特に難しいことを考える必要もない演出なので、
公演の出来は歌唱や音楽の内容に左右される。そういう意味では微妙な後味。

去年の震災後の時期の公演だったため、R.フレミングから一言お見舞いのコメントがあったことも付け加えておく。
posted by 立花 at 15:20| Comment(0) | TrackBack(0) | オペラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月12日

レヴァイン/MET ワーグナー:ラインの黄金(2010)

録画オペラ。METライブビューイングより。

・・・・・・・・

Metropolitan Opera House
October 9, 2010 Matinee, HD Transmission

DAS RHEINGOLD

Wotan...................Bryn Terfel
Fricka..................Stephanie Blythe
Alberich................Eric Owens
Loge....................Richard Croft
Erda....................Patricia Bardon
Fasolt..................Franz-Josef Selig
Fafner..................Hans-Peter König
Freia...................Wendy Bryn Harmer
Froh....................Adam Diegel
Donner..................Dwayne Croft
Mime....................Gerhard Siegel
Woglinde................Lisette Oropesa
Wellgunde...............Jennifer Johnson Cano
Flosshilde..............Tamara Mumford

Conductor...............James Levine

Production..............Robert Lepage
Associate Director......Neilson Vignola
Set Designer............Carl Fillion
Costume Designer........François St-Aubin
Lighting Designer.......Etienne Boucher
Video Image Artist......Boris Firquet
TV Director.............Gary Halvorson

(以上METのデータベースからコピペ)


・・・・・・・・

@ 演出

休憩がないので、冒頭にメイキングやインタビューをまとめて放送。
支えるのに補強工事までしたという総重量45tの24枚の可動式の板。
場面によってその板が縦横に折れ、斜面や階段、出入口を作ったり、
水の泡、雲海、炎、虹などが投影される。
実際の見応えはわからないが、まあ凄いスケールだ。
カラヤンとかクプファーとか、過去のリングの演出なんかも参考にしているんだろうか。
時々色調や全体の構図などに既視感が浮かぶ。

宙吊りラインの乙女、ヴォークリンデの人だったかすごく怖がってたが、
まるでバンジージャンプ。見てるだけで血の気引きそう。
あれで歌うんだから大変。

他にもそりで斜面急降下した後立ち上がってすぐ歌うとか、
そもそも斜面で歌うとか、フックつけて虹の橋渡るとか。
歌手はどうしても次の手順に慎重になるので、
歌の間の細かい表現に割く余裕がないように見える。

また、セット利用以外では動きそのものも緩慢。
歌っている間はともかく、武器を振り上げたり逃げる場面でもよっこらしょ、では全く緊迫感がない。

それからROTR風の衣装。バックのハイテク装置と違和感ある。
フリッカのカラータイマーや、指環、火の手袋など、光る小道具は面白いのだけれど、
アルベリヒはドレッドで、神々のカーリーヘアは80sメタル。
ひも衣装や筋肉鎧も特に必要性は感じない。
ローゲの白いパラシュートスーツみたいなのも、フックや炎の投影の都合はわかるのだが、いささか浮いている。

総じて、歌手があまり絡まない部分では見ていて飽きない演出だけれども、
個の演技や、キャラとセットの表現の融合にはまだ改善点があるように思う。

他、黄金は網をハンモック状に利用。大蛇とカエルは気合い入ってた。

A 歌手

大崩れはないものの、出番の多いアルベリヒとローゲが不調だったのが痛かった。

アルベリヒのオーウェンズはノーブルで細い。表情も優しそうで、悪役には迫力不足。
歌そのものは悪くないし頑張っていたのだが、
3場終盤と4場の転がりながら歌うところで咳が出てしまい、ちょっと限界。
少し心配そうに見下ろすターフェルの表情を抜いたカメラがナイス。

ローゲのR.クロフトはカーテンコールでブーイング出てしまい、ごめんね的な仕草。
表情が冴えず、時々挙動もおかしな様子だったので、具合が悪かったのかもしれない。
歌自体は弱ってたけれど変な崩れ方ではなかったから、もう少しやれる気も。

後は大体聞ける。

ヴォータンのターフェル、インタビューで仲間を信頼するコメントばかり。
今日も大丈夫、やってやるぞ!というテンションの上げ方が好印象。
登場のヴァルハラの動機に彼の声が乗って、流れをぐっと引き寄せる。
Abentlich strahltの剣の動機につながるところもきれいだった。
レヴァインも決まった!ってなったし。
幸いヴォータンは仁王立ちが多くあまりセットに絡まないので、
声の演技に浸れる。台詞に沿った抑揚で上手く頂点作っている。

他に良かったのがフリッカのブライズ、ファーフナーのケーニヒ、フライアのハーマー。
フリッカは嫌味設定ではないのかな。ブライズは演技の方はあまりはっきりしていなかった。
フライアのハーマーやファーフナーのケーニヒは他の日の出番にも期待。

ミーメのジーゲルは少し上が苦しそうな以外は特に悪い所はない。
ファーフナーのゼーリヒは相変わらずのぶれたビブラートが気になるが、
不調というほどではない。聞き流せる。
エルダのバードンは、黒装束で金髪と顔だけ浮かび上がるところが、
何となくカラヤンの投影を想起させる。歌はまとまっている。
ドナーやラインの乙女もまずまず。
フローのディーゲルはゴルフハンデ2の腕前とターフェルに紹介されていたが、
歌はこれ以上歌うと崩れるかも。

B 音楽

あまり言いたくないが、リングをあと何回振れるだろう…
というような集中と意気込みがピットから伝わってくるような演奏。
この日のレヴァインは良かったと思う。作品への愛がある。
台詞と結びついた緩急表現、歌唱のフォロー、
大まかなライトモティーフのコントロール、しっかりした山場作り。
多少厚みが行き届かないところはあるが、オケも出来る限りの努力はしていた。
ライブビューイングを連続で見ていると、伴奏の違いは本当に大きいことを実感する。
posted by 立花 at 15:44| Comment(0) | TrackBack(0) | オペラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月09日

大野和士/リヨン ストラヴィンスキー:夜啼きうぐいす

録画オペラ。

・・・・・・

エクサン・プロバンス音楽祭2010 歌劇 夜鳴きうぐいす (ストラヴィンスキー)

<曲目>
ラグタイム
クラリネット独奏のための三つの小品
おどけた歌
バリモントによる二つの詩
ねこの子守唄
四つのロシア農民の歌
きつね

歌劇「夜鳴きうぐいす」
         (以上 ストラヴィンスキー)
<出 演>
夜鳴きうぐいす:オリガ・ペレチャトコ
料理人:エレナ・セメノヴァ
死に神:スヴェトラーナ・シロヴァ
漁師:エドガラス・モントヴィダス
中国皇帝:イリヤ・バニク
侍従:ナビル・スリマン
僧侶:ユーリ・ヴォロビエフ

<合 唱>リヨン国立歌劇場合唱団
<管弦楽>リヨン国立歌劇場管弦楽団
<指 揮>大野和士
<人形製作>マイケル・カリー
<人形振付>マルタン・ジュネスト
<影絵製作>フィリップ・ボウ
<演 出>ロベール・ルパージュ

収録:2010年6月、7月
プロバンス大劇場


・・・・・・・

なるほど、インパクト大。ちょっと度肝を抜かれる。
前半の小品集は、クラリネット独奏のための三つの小品を間奏に挟みつつ、
ストラヴィンスキーの寓話が影絵仕立てで紡がれる。
舞台左に提灯が置いてあって、そこで複数の人間が手や切り抜きで影絵を作ってバックのスクリーンに投影。
最後の「きつね」ではスクリーンの後ろに登場したアクロバットチームが影絵を締めくくる。
合唱やソリストは民族衣装で舞台前面に登場、各自振付ありで歌う。

見る分には非常に面白いのだけれど、あまり大がかりな仕掛けになったり、
音楽が込み入ったりして来ると、演奏の存在が薄れてしまうところがミソ。
もっと鋭い音楽にしたかったろうが、個のレベル的にも致し方ないような感じだった。
歌手は女声のシロヴァやセメノヴァは堅実。
男声は低音2人、バニクとスリマンが特に影薄い。アクロバットチームのキープ姿勢ばかり見てしまう。

ナイチンゲールはさらに凄い。ピットに水を張って堀に仕立て、
京劇メイクをした歌手自身が、その堀に下半身浸かりながら歌い、
同時に京劇風の人形浄瑠璃を繰り広げる。
華やかで素晴らしい人形やぜんまい仕掛けのうぐいす、3幕の皇帝のベッドの骸骨など、
完全に視覚要素に目を奪われる。

主要キャストで堀に浸からないのは合唱と飛んでいるナイチンゲール役、あと死神などの数人だけ。
面白いし夢中で見てしまうが、ぶっちゃけ歌や演奏どころの話ではない。
舞台上の指揮者とオケに背を向けて演じるため、
指揮は客席後方に用意された巨大モニターで見ているらしい。
とにかく、不況の折に予算がかさみそうな豪華演出。

前半同様、ソリストの個人技を除いては演奏のインパクトは薄い。
気の毒だが伴奏はBGM。
ナイチンゲール役のペレチャトコが歌うと場面が少し引き締まる。
男声を補強したいところだが、無茶な演出だと選択肢がないだろうから大変だ。

・・・・・・・・・

ダムラウ&メストレ ジョイント・リサイタル

<曲 目>
1.星の輝く夜
2.リラ
3.麦の花
4.はなやかうたげ
5.マンドリン
6.美しい夕暮れ
7.まぼろし
8.アラベスク 第1番
(1〜8/ドビュッシー)

9.歌曲集作品7から 夢のあとに
10.歌曲集作品46から 月の光
11.歌曲集作品3から トスカーナのセレナード
12.歌曲集作品23から ゆりかご
13.「ある日の詩」作品21から 別れ
14.歌曲集作品23から ふたりの愛
15.即興曲 変ニ長調 作品86
(9〜15/フォーレ)

歌曲集「ミルテの花」作品25から
16.ズライカの歌 
17.くるみの木
18.花嫁の歌「おかあさま、おかあさま」
19.花嫁の歌「あの人の胸に」
20.はすの花
21.「子供のための歌のアルバム」作品79から 時は春
(16〜21/シューマン)

22.歌曲集 作品10から 知らず
23.歌曲集 作品48から なつかしいおもかげ
24.歌曲集 「素朴な歌」作品21から 胸の思い
25.歌曲集 作品41から 子守歌
26.歌曲集 作品10から 夜
27.歌曲集 作品27から あすの朝
28.歌曲集 作品48から 鐘の響き
29.歌曲集 作品17から セレナード
(22〜29/リヒャルト・シュトラウス)

30.アヴェ・マリア(バッハ作曲/グノー編曲)
31.歌曲集「ミルテの花」作品25から きみにささぐ(シューマン)

<出 演>
(ソプラノ)ディアナ・ダムラウ
(ハープ)グザヴィエ・ドゥ・メストレ
(8曲目、15曲目はハープのみ)

収録:2009年1月27日
バーデン・バーデン祝祭劇場(ドイツ)


・・・・・・・

ハープって音の響きを拾わないと小さく聞こえるから、
歌も無理に力を入れずに調子を整えられそう。
穏やかな曲から始めて、最終的にはR.シュトラウスに持っていく。
ある意味ギターの弾き語りの雰囲気。

つい聞き入ってしまうダムラウの美声。
あまり横綱相撲でもなく、気を遣いながら歌っている様子だった。
それと悟られない自然さがいい。
メストレは手がちょっとセクシーかな。
ハープの善し悪しを判別できるほど詳しくはないけれど、
以前PMFで彼の音を直接聞いたことがあるので、プロの音の凄さくらいはわかる。
R.シュトラウスの子守歌で、ダムラウが「譜めくりのお手伝いをします」と言って、本当にやっていた。
確かにアルペジオを弾き通しでめくる暇はなさそうだった。
確認が必要なんだろうな。

心に残っているのは、フォーレのトスカーナのセレナード、ゆりかご、
R.シュトラウスのなつかしいおもかげ、子守歌〜あすの朝。
全体的に愛の歌が多く、ロマンティックなプログラム。
posted by 立花 at 16:03| Comment(0) | TrackBack(0) | オペラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月28日

ティーレマン/シャイー

録画クラシック。

・・・・・・

ティーレマン&ウィーン・フィル ベートーベン・コンサート

<曲 目>
交響曲第5番 ハ短調 作品67
交響曲第6番 ヘ長調 作品68“田園”
(以上/ベートーベン)
<管弦楽>
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
<指 揮>
クリスティアン・ティーレマン

収録:2010年4月
ウィーン楽友協会大ホール


・・・・・・・

おそらく最近全集で発売された映像。
ティーレマンの指揮もいつか進化したりするだろうかと一応チェックしてみるものの、
5番の立ち上がりから大根抜きで。
彼のテンションの高さに反比例して急速に萎える自分がいる。
VPOの表情を見るに悪くはない演奏だし、
大きいスパンで流れる2楽章や、
4楽章金管前に出て来るところは重厚で良く鳴っているのだけれど、
アーティキュレーション、緩急、ピチカートのダイナミクスなど、
細かいことを工夫しようとすると作為的に聞こえる。
そも、大根抜きだから音の出が揃いにくく、
三連符が何となく横流れになるのがすっきりしない。
別に飛び跳ねるように刻めとは言わないが、
こういう曲をレパートリーにしたいのなら細部表現を何とかしないと、
指揮者はノリノリだったね、で終わっちゃって、
それはそれで楽しくても更に高次の感動を引き起こすのは難しいと思う。

6番も当然ながらディテールよりパワーに凝る方向。
だから嵐の部分や、オケそのものの音色はいいとしても、
それ以外の構造の部分でフレーズの受け渡しが今一つぎこちない。
時々奏者が出づらそうにしているところは大抵キューがわかりにくい様子に見える。
旋律の主副もやや曖昧で、ベートーヴェンらしい形が見えてこなくて、
どういう音楽がやりたいのかつかみづらかった。
パフォーマンスとしては5番同様悪くないが、
知名度から言ってもひとまず爽やか程度の音楽を求めるレベルではないだろう。
もう少し要求を高くしてもいいと考えてるのは私だけかな。

・・・・・・・

ベルリン・フィルのワルトビューネ・コンサート2011

<曲 目>
ジャズ組曲 第2番(ショスタコーヴィチ)
バレエ組曲 「道」(ニーノ・ロータ)
交響詩「ローマの噴水」(レスピーギ)
交響詩「ローマの松」(レスピーギ)

(以下アンコール)
歌劇「ムツェンスクのマクベス夫人」組曲から アレグレット(ショスタコーヴィチ)
バレエ組曲「シバの女王ベルキス」から 戦いの踊り(レスピーギ)
ベルリンの風(リンケ)
<管弦楽>
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
<指 揮>
リッカルド・シャイー

収録:2011年8月23日
ワルトビューネ野外音楽堂
(ドイツ・ベルリン)


・・・・・・・

昨年のヴァルトビューネの録画。テーマはFellini, Jazz&co.。
特に演奏をどうこう言う種類の演奏会ではないので、
軽くこなされすぎて、シャイーの楽しそうな笑顔が一番印象に残っている。

正直一番ノリノリだったのがニーノ・ロータの道かもしれない。
ショスタコは明るすぎてすっかりイタリアものになってるし、
噴水と松は余興の部類。
アンコールの2曲も練習なしだと間が抜けてて決まらない。
参加していない人にとっては、見る用途が限られる映像。
posted by 立花 at 14:35| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月24日

読書『幼年期の終わり』(ネタバレ注意)

アーサー・C・クラーク著, 池田真紀子訳:『幼年期の終わり』
(光文社, 2007)


以前ハヤカワ文庫の『海底牧場』読んだ時と文章の印象は同じ。簡潔で読みやすい。
有名作品だけあって、インパクトは大きかった。
1953年作ということを考慮すれば、衝撃の結末と言えるかも。

ネタバレしないで感想を書くのは難しい。
白紙で読んだ方が突っ込みがいがあるので、
以下ネタバレ避けたい人は読まないでください。

・・・・・・・

結末を引き伸ばして一旦話をリセットしてから回想として描くレトリック、
愛用する人なのか。印みたいだ。

そして、何故か最後に残るのは仏教で。
21世紀なのに地球の総人口25億とかファックス止まりとか見込み甘い未来設定。
ダイオウイカとマッコウクジラに言及せずにはいられない。
これもクラーク印か。

で、まずはオーヴァーロードね。
残ってる宗教が仏教の割にどうなのよこの設定。
しかも人類の記憶は予知だったってか?
人類は何がきっかけでそんなビジョンを見たんだか…。
聖書とかにある滅亡の危機?に直面した際だろうか。推測するだけ。

同じく2部。超自然の存在が皆が知らない事実(オーヴァーロードの母星)を明かす、
第3部のオーヴァーマインドの伏線がコックリさんだよ?

描かれていることはわかる。最初は萌芽の兆しから、
次いで超進化の始まりを告げる人類が生まれ、やがて彼らは劇的な変容に至る。
ただ、個人や、限定されたキャラの視点から描かれているから、
扱ってる事象(人類という種の変容&地球滅亡)の大きさに比べて、
ディテールの説明が曖昧すぎるのだ。

オーヴァーマインドとオーヴァーロードの使役関係、
宇宙規模で進化の芽を予見できる理由など、
二言目には「それを説明することは不可能」「その質問には答えられない」で、
スピリチュアル系の、とても限定されたビジョンの連続というか。
本当に作者がインスピレーションで見えたものだけを描いている、そんな感じ。

SFだから、人の認識で捉えられないものを説明する手法は工夫しなきゃいけないし、
もちろんスルーもありなのだが。
未来設定の甘さは少し影響してるかもしれない。
あるいは作品成立時の作者の思想や環境が、
スピリチュアルに行かざるを得ないような状況だったのかもしれない。
その辺が人類補完とかの話の飛躍がよくわからないアニメの元凶を作ったのではなかろうか。

それに最後の人類が丘の上の別荘でピアノでバッハ弾いちゃうクサさ。
ええ、詩的情景ですよロマンチック大統領すぎて忘れられないよ。
こういうことするから後世の作家みんな真似するんだからね。
ニュータイプが生まれる場所がアテネ&スパルタだとか、
オーヴァーロードの言語が倍速の呪文のようだとかっていうのもさすが古典。
posted by 立花 at 15:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月21日

ティーレマン/VPO R.シュトラウス:影のない女

録画オペラ。

・・・・・・・・・

ザルツブルク音楽祭2011 歌劇「影のない女」

<曲目>歌劇「影のない女」全3幕(リヒャルト・シュトラウス)

<出演>
(皇帝)スティーヴン・グールド
(皇后)アンネ・シュワーネウィルムス
(皇后の乳母)ミヒャエラ・シュスター
(染め物師バラック)ウォルフガング・コッホ
(バラックの妻)エヴェリン・ヘルリツィウス
(バラックの兄弟たち)マルクス・ブリュック、スティーヴン・ヒュームズ、アンドレアス・コンラート
(霊界の使者)トーマス・ヨハネス・マイア
(鷹の声)レイチェル・フレンケル
(現われた若い男)ペーター・ゾン
(敷居の護衛官)クリスティーナ・ランズハマー
(上方からの声)マリア・ラードナー

(管弦楽)ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(合唱)ウィーン国立歌劇合唱団
(指揮)クリスティアン・ティーレマン

(美術)ヨハネス・ライアッカー
(衣装)ウルスラ・レンツェンブリンク
(照明)シュテファン・ボリガー
(演出)クリストフ・ロイ

(字幕)武石みどり

収録:2011年7月29日
ザルツブルク祝祭大劇場(オーストリア)


・・・・・・・・・

ティーレマン大絶賛の記事などを読むと恐縮してしまうのだけれど、
TVで冷静に見てる分には、そんなに乗れない。
最後は大根振りのラガーマンにR.シュトラウスのエロスは無理。
VPOの弦のソロは確かにぐらりと来るのだが、
艶っぽい人間的な表現は結局そこにしか頼れない。
現状では他にここまでまとめられる指揮者も少ないから、妥協するしかないというところ。

オケに関しても、ミスが出たり、間奏の響きに厚みが足りなかったり、
終盤スタミナ切れで音が荒れたりと、あまりよい立ち上がりには思えなかった。
公演を重ねればエロスは無理でも演奏は熟すだろうから、
大絶賛にたどり着くことになるのかも。

歌手では皇后のシュヴァネヴィルムスが不調だったのが残念。
ちょっとしたかすれとひび割れ。細めの声で何とか回している感じ。
他に大きな穴はない。
良かったのはノリノリの演技だった乳母のシュスターとバラクの妻ヘルリツィウス。
ヘルリツィウスはちょっと絶叫気味かもしれないが、
さりとて踏ん張りなしに歌える役でもない。これ以上の歌手探すのも難しい。

男声はみなそれなりに仕事、という印象。
皇帝のグールドはグールドなりにOKじゃなかろうか。
立ち上がりはきついが2幕からはまずまず。
バラクのコッホと使者のマイアーは少し細め。
ボリュームがあれば言うことないが、このままでも問題ない。

他、脇役で記憶に残ったのはバラクの兄弟のコンラートとヒュームズ、
護衛官のランズハマー。

演出は昔のVPOのDeccaの録音場再現とか。ショルティ・リング関連などで見たことがある風景。
楽なアリアの曲じゃないので、キャストが歌手という設定は非常に合理的。
これなら不自然な体勢も必要なく、楽譜と指揮を見ながら落ち着いて歌えるというわけだ。
また、真夏に冬コートでもバッグからハンカチを出して汗をぬぐうことができるし、
サイドテーブルに水やお菓子を置けるから、厳しい歌の前後に必要なら補給できる。
唾液や汗でドロドロになって転げ回る姿は決して見やすいものじゃないので、
こういう発想は大歓迎。歌唱と音楽に集中できる。

一方で分かりにくかったのが、登場人物の関係性。
2組のカップルは実生活でもカップルなのか、
それともあくまで役を演じる都合上の行動なのか。
もちろん前者なのだろうが、皇帝と皇后は今一つはっきりしない。
歌手の立ち位置にしても、明確なのは乳母役がライバル心むき出しだということくらいで、
皇后役はスランプ中のベテラン歌手に見える。
心がほぐれないならツンデレ表現が欲しいところ。
バラクの妻役は、子供で悩んでいるなら浮気よりキャリアについて考えるのが筋だろうし。

バラクのかばんや、妻が靴を投げるなど、一応各キャラにライトモティーフ的な動きはあるのだが、
一見しただけでは設定が把握しづらかった。

2幕4場で録音場のスタッフが全員子供になるところは、
ひとまず呪いかな…くらいのインパクト。
あの場面がもう少し強迫観念を引き起こすような音楽だったら。
その後5場で合唱役の大人たちはトランクを持って去る。
全体が黒い穴に飲み込まれて見ている幻想設定だとは思うのだが、
曖昧さが残る。

3幕でバラクが妻を許す過程も少しギクシャク。
拒絶する苦しみをもっと見せる方が展開はスムーズ。

まあ、何もかも簡単にわかるようにする必要はないかもしれないけれど、
舞台上の動きが簡潔なだけに、演技を作りこむ余地はまだあると感じた次第。

その他印象に残っているのは、衣装で乳母役の2幕と3幕のワンピースや妻の赤いカシュクールワンピがそれぞれ素敵だったこと。
posted by 立花 at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | オペラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月18日

コミック(レンタル)2011/12・冬

読みたいコミックが充実してるTSUTAYA見つけたので、前より少し読む量が増えたかも。

銀の匙

相変わらず内地の発売日と同じ日に(いや2巻は前日だったかも)、
ちゃんとコミックス出してくれる荒川弘に頭が下がる。
考えさせられる内容で、いい話。

たいようのいえ

切ないな。今風岩舘真理子って感じかな。表現は違うけど。

オハナホロホロ

ちょっとした映画とか、小説みたいな話。
南雲さんとか、そんなにパトレイバーに萌えられなくてごめん。

軍靴のバルツァー

仮想歴史っていうのか、話とか設定がしっかりしてる。
まだ2巻だから買ってもいいかな…と思いつつ近所で見つけられてなくてそのまま。
今度、ちゃんと大きい本屋見てこよう。

大砲とスタンプ

モーニング・ツーで楽しく読んでる。偶然1巻見つけたので買っておいた。
そういうラッキーがある一方で、
発売日に買い逃したジョジョリオンは年越して重版されるまで買えなかったという…。

純潔のマリア

2巻読んでみて読み続けようと思った。

ドリフターズ

う〜ん…面白くなくはないんだけども、という感じ。
ギャグキャラは被ってる荒川弘の方が売れちゃってるし、
信長ものは他にヒット作あるし。ひとまず読んではいるけれど。

地上はポケットの中の庭

虫は勘弁な。でもよくまとまっている小品集だと思う。

草子ブックガイド

申し訳ないけど紹介されている本を読みたくならない。
長門有希が無言で読んでる姿の方が説得力があった。

うどんの女

ふうむ…としか言いようのない感じ。
うどんが食べたくなったりはしない話だしなあ。

となりの関くん

関くんうざいわ。そんなに巨乳が好きなのか。
どっちもしょーもないな。

そんな未来はウソである

ごめん、キャラがけいおん!にしか見えん…。

・・・・・・・・

あと番外編、『Fate/Zero』読んだ。ラノベとしてはよく描けてると思う。
しかしstay nightプレイした時も思ったんだけど、聖杯の真の姿の描写というのは難しい。
普通に文学作品読んでても、混沌とか、感覚とか、言葉で捉えがたいものの表現を、
言葉で追及していくのは簡単ではないと、つくづく感じるときがある。

posted by 立花 at 13:13| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ・コミック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月09日

読書 『歴史小品』/『料理のお手本』/『小澤征爾さんと、音楽について話をする』

郭沫若著, 平岡武夫訳:『歴史小品』(岩波文庫, 1981)

割合有名な中国の古い説話(故事?何というべきか、孔子とか孟子とか項羽とか始皇帝とかのお話)を、
著者がアレンジしたもの…と解していいのだろうか。
というのも、この手の短編集をきちんと読んだことがないし、
中文のジャンルとして成立しているのかもよくわからないから。

買うきっかけは、昔教科書か何かで読んだ孔子と顔回の話が懐かしかったからだが、
どうも美化された伝説とは勝手が違う。
別に美化された伝説を読みたかったわけでもないのだが、
結局のところ、神から神格をそぎ落とすような著者の創作解釈や、
時代小説のような文章にジェネレーションギャップを感じてしまったようだ。
わざわざリアルに貶めたり教義めいたものを引き出す必要があるのだろうか?
彼の環境においてはあったんだろうな、きっと。
私にはない。それだけだ。

辻嘉一著:『料理のお手本』(中公文庫, 1979)

随筆とまでは行かないにしても、そういう趣の料理エッセイ本。
料理に対する姿勢が低調になった時、
材料や器、盛り付けなどのことを考えるのは気分転換になりそうだと思い、読んでみる。
終盤の方の食卓豆辞典の章が面白かった。
いつも襟を正した人間でありたいものだけど、なかなかそううまくはいかない。

小澤征爾×村上春樹:『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(新潮社, 2011)

まず、今この対談を出版するタイミングの良さにしばし沈黙。
手札少しみせちゃおっかな、的な。
でも内容は純粋に面白くて一気読み。
つぶやきにも書いたが、設問が音楽評論家の視点じゃないところが最大の長所。
例えば録音された曲の聴き比べにしても、比較的メジャーな選曲で、
話題が身近に感じられる。
グールドで始めてるあたりはどうかと思うけれど、
サイトウ・キネン然り、カラヤンとバーンスタイン然り。
演奏や音に関するいくつかの疑問に自分なりの理解が得られた。
これでまたCD売り場にコーナーできるのかな。
posted by 立花 at 15:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月25日

バイロイト2011生中継 ローエングリン

録画オペラ。

・・・・・・・・

<演目>
歌劇「ローエングリン」(ワーグナー作曲)

<出演>
L : クラウス・フロリアン・フォークト
KH : ゲオルク・ツェッペンフェルト
E : アンネッテ・ダッシュ
T : ユッカ・ラシライネン
O : ペトラ・ラング
Hr : ヨン・サミュエル

(合唱)バイロイト祝祭合唱団
(管弦楽)バイロイト祝祭管弦楽団
(指 揮)アンドリス・ネルソンス

<演出>ハンス・ノイエンフェルス

〜ドイツ・バイロイト祝祭劇場から中継〜
2011.8.14


・・・・・・・

第1ツィクルスの音源のみの感想はこちら

つぶやきにも書いたが、演奏は公演回数の分だけ落ち着いてきた印象。
大編成の粗さも響きがある程度拾えていれば緩和される。
ネルソンスにはまだ際立った歌劇指揮のテクや解釈、表現は感じないけれど、
情熱で全体の士気を高められているのが長所。

また、歌手は代役テルラムントのラシライネンが大崩れせずに済んでいるため、
かなり聞きやすくなっている。
キャスティングの好みは別として、全員ほぼ実力通りといったところ。
珍しく人並みに聞けるレベル。

以下、演出面の感想箇条書き。

ノイエンフェルスのインタビューによれば、
「荒廃した世界で人々がいかにコミュニケーションを取るか」
「壮大な試み」をしているという話だった。

猜疑心という薬をあらかじめ注入し、信頼という二文字を世界から奪ったとき、
人がどのような反応を示すか。
チーズの国の箱庭で、登場人物それぞれのケースを観察するという実験場仕立て演出…と解せるかな。

あくまで一例だけれど。

例えば猜疑心を注入されても全く効かない人物が絶対的な盲信に守られるローエングリンと軍令使。
効果大なのが常識的なエルザと王。
同じ量では人の形にとどまれない大衆。
そして投薬されない(最初から信頼持ってないから必要がない)オルトルートとテルラムント、とかね。

また、「演じるうちにさまざまな感情が生まれ、ストーリーが明確になるようにする」とも言っていた。

映像の俯瞰=神の視点を強調することによって、その場に登場人物の相関図が描かれてゆく感じ。
エルザ←(禁問の強制)←ローエングリンとか、エルザ←(救国のバロメーター)←民衆&王、とかのあれだ。
これは映像特典のヒントみたいなものかな。
Wahrheit(真実)1〜3の映像もそのフォローの一環。
本当に事実なのか、登場人物の(薬物による)幻想なのかは解釈次第。

素朴な疑問その1…1幕の植木鉢。柏の葉っぱみたいに見えるんだけど。
Wikiによれば、「代が途切れない」縁起物らしいが。西洋でもそうなのかな?
落ちない柏の葉まで落ちるほどネズミ侵食が進んでるってこと?

→ト書き読めってね。Gerichts-Eiche、裁きの樫の木…ってか厳密には日本じゃ楢にあたるらしい。
一目で見分けられるほど樹木詳しくないし。
要するに、権威は枯死寸前ってことか。


疑問その2…黒子ならぬ水色子は、一瞬オルトルートの魔法の体現かとも思ったんだけど、
神視点を考慮するなら、実験場仕立ての一つのシンボルってことでいいのかな。
白ねずみに注射したり十字架引き抜いたりしてたし。

疑問その3…ローエングリンがエルザに禁問を迫るときは2人だけにされる。
クローズアップってことだろうか。

疑問その4…モノトーンに意味はあるかな?黒、白、グレーの分類は何となく設定できるが。
深く意味づけしたい人は自由にっていうコントラスト?

ともあれ興味深い点としては、悲劇が不可逆であることの提示。
登場人物が関係性をリセットしようと試みても、
聖杯の強制力が働いている以上、結末への道は変わらない。

ぎょっとするもの…毛をむしられた白鳥、グロいゴットフリートなんかは、
おめかしした女の子に毛虫投げつける性質かな。歌がいいと余韻壊すから大変だ。
丸裸の白鳥も生まれ変わりの途中っていうんなら救いがあるけど、
その羽根、エルザのドレスになりました〜、だと微妙だし。

動きについてはややこなれていない印象を受ける。
アリア、2重唱など、決める所に象徴的な決めポーズを作るのはいいが、
それ以外のつなぎがギクシャク。
寝そべったりする不自然な体勢も多い。
そういう、常識外をわざと意図するのはもう古いかな、という気もする。

他、カメラワークは俯瞰のおかげもあって、
ワルキューレの時の心霊構図からはだいぶ改善されたと思う。
それから幕間に挿入されていたバイロイトのドキュメンタリー。
当たり前だが、字幕が違うと印象は随分変わるものだ。
posted by 立花 at 15:09| Comment(0) | TrackBack(0) | オペラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする